戦略的撤退だと思われたい

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愛の物語として機能するたくさんの物語属性―高橋那津子『昴とスーさん』1巻

数年前までは毎週のように大量の漫画を買っていたのですが、ここのところあまり買わなくなってしまいました。自分が好きで買っていた漫画も何巻まで買っていたかもわからなくなったので途中でとまってしまったり。

 

で、久しぶりに友人と本屋さんの漫画コーナーを一時間ほど回遊し、数冊面白そうだと思った漫画を買うという遊びをやって、購入したのが今回紹介する漫画、高橋那津子『昴とスーさん』1巻。
これが、また色んな漫画を読みたいなあと思わせられる良作でした。ちょっと詳しく紹介していきます。

 

まず僕の悪いところなんですが、漫画を買うとき作者と絵柄、そんであらすじをみたあと、出版社と掲載誌をみて「ああ、こういう感じの話なのかな?」と勝手に判断して買わないでいるということが非常に多いんです。

 

そんな僕の色眼鏡によると、エンターブレインは死ぬほど好きなんですが、ハルタの「ちょっと書き込みとか丁寧に描いてますよ」系の漫画は敬遠することが多くて。良い悪いではなく好みの話ですよ。
そんなわけでこの漫画も敬遠するところだったんですが、まあせっかくなので手に取ろうとすると、横に少しだけ立ち読みできる小冊子があったので読んでみたんです。
読めるのは一話(の途中。なんであそこで切られてたのかはよくわからない)だったんですが、結構面白くて。あと興味がわいたんですよね。

 

それで一巻購入して読んでみたんですがやっぱり面白い。ただこの漫画の面白さがどこにあるのか自分でもなかなか掴みきれないでいたんですが、おそらく「おいしい設定をたくさん詰め込んでいること」なんですよね。

 

若干ネタバレする(帯に書かれてるレベルですけどね)と、この漫画は一見、姉・澪(大人)と弟・昴(小学生)が一緒に住んでいる兄弟の日常漫画です。が、実は弟ではなく「何らかの外的要因によって、外見だけが子どもに戻ってしまった恋人」なんですよね。コナンくん的なあれですな。

 

この時点で「おねショタもの」「恋愛もの」のおいしい設定が含まれています。しかも、読んでいるとわかるのですが、実はこの二人は「幼馴染」です。それから、二人がきっちりとした恋愛関係になったのは最近のことらしくドキドキ初めての「同棲もの」でもあります。
昴は小学生のような外見になってしまったので外で働くことはできません。なので、澪が働いている間に、スーパーにいって魚屋さんでアジを買いにいって竜田揚げを作るような「主夫もの」「(ちょっとだけ)グルメもの」でもあります。
さらに昴が外を歩いていたりすると、地元の小学生やイケズな高校生と対峙することもあります。そこの展開では「強くてニューゲームもの」にもなりますし「子どももの」にもなります。
そして何より、一番おいしいのが「SFもの」でもあるということですね。つまり「なぜ昴は小さくなってしまったのか」「どうすれば元に戻れるのか」というストーリー。

 

これだけの要素を詰め込むのはすごく難しいことで、下手をすれば「やりすぎ」になります。というか普通そうなる。この漫画がうまいのは、全ての内容が「恋人が子どもになってしまったら」という一つの事象にきちんと紐づけられて枝分かれした展開になっていることです。そして全ての展開が二人の「変わらぬ愛」を証明するものとして機能していること。
例えば、「おねショタ」ものは、小さくなってしまったという現状を受け入れ、二人が一緒に生活していくうえで、社会上必要なふるまいとして登場します。わざわざ昴が不審がられるというリスクをおかしてスーパーに出かけるのは、仕事が遅くなる澪に美味しい料理を振る舞いたいからです。そしてそのために昴は、小学生らしい服装に着替えたり、澪を「お姉ちゃん」と呼ぶのです。

 

それから、情報を出し過ぎない、せっかちに状況を説明しないこと(それでも、うまく描ける著者の漫画力)もたくさんの魅力を一つの漫画で成立させようとするうえで役にたっています。
例えば、「小学生に見える昴が実は大人である」ということの明かし方。一話の最後にふと男らしい態度を見せた昴の背中に、大きな男の人の背中が重なってみえるという演出。からの二人の写真。
例えば、「どういう状況で昴が子どもになってしまったのか」ということの明かし方。その時の状況を再現することで元に戻れないか二人で試しにいく。その場面と当時の状況が重なりながら、理由が明らかになります。このシーンは一巻の最後なんですが、状況説明させるためだけには止まりません。二つの時間軸を交差させながら、昔といまの二人の変わらぬ愛を描くラストシーンはお見事としかいえないほど美しい。

 

久しぶりに良いなあと思った本作。そう遠くない時期に二巻が出るんじゃないかなあという気がするので、ぜひ読んで見てください。